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施工山本の城巡り~岡崎城~

施工山本の城巡り~岡崎城~

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城巡り~岡崎城~


 なかなか休みが取れず城巡りができていなかったのですが、年末の休みに入り予定していた

釣行も寒気防風で船が出せないため、急遽12月29日19:30広島を出発、車で夜通し走って

12月30日の早朝 日の出とともに愛知県岡崎城の散策です。



  一昨年9月に愛知県の城巡りをした時は清州城・名古屋城を散策したあと、北側の犬山城

から滋賀県の安土城にまわりましたが、今回は名古屋城より東側の城を散策していきます。



 岡崎城は1542年徳川家康の生まれたお城として有名です。 1455年頃、菅生川北岸の

半島状の丘陵地『龍頭山』に三河国仁木氏の守護代であった西郷稠頼が築城し、

松平清康(家康の祖父)が城郭整備を行いました。



 家康は幼いうちから今川氏の人質になっていましたが、1560年の桶狭間の戦い織田信長

今川義元が討たれると今川側が岡崎から退却したため家康は岡崎に戻り岡崎城を拠点に

三河を統一していきます。



  1570年家康は拠点を浜松城に移し長男の徳川信康が城主となりますが、正室徳姫(信長の娘)

からの信康との不仲、武田氏との繋がりの疑いを聞いた信長の怒りをかった信康が切腹して

からは、重臣が城代として置かれます。



 豊臣秀吉によって家康が関東に移封されると秀吉家臣の田中義正が入り城郭を拡張し強固

な堀を築いていきます。



  1600年の関ケ原の戦い後は勝者家康の生まれた城『神君出生の城』として神聖化され本多氏

水野氏など譜代・親藩大名が城主となります。



龍頭山の山頂に本丸が置かれた平山城で築かれていた岡崎城は本多康重から本多3代忠利まで

の改修によって平城となり、本丸には複合連結式望楼型3層3階の天守も建てられました。



明治の廃城令以後は一切の建物を失い本丸と周辺の曲輪と石垣、堀の遺構を残すのみで

龍城神社、岡崎公園と整備され、昭和34年3層5階建鉄筋コンクリート造復興天守が建て

られ、平成22年に東隅櫓が再建されています。


 愛知には歴史上、有名なお城がたくさんあります。

 歴史の教科書にのっていた織田軍の当時としては異例の鉄砲3000新戦法三段撃ち

行ったとして有名な長篠の戦いに繋がる長篠城が岡崎城から東南47km車で1時間くらいの

ところにあります。長篠城に行ってみましょう。


  施工 山本


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