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施工山本の城巡り~墨俣城~

施工山本の城巡り~墨俣城~

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城巡り~墨俣城~


  かつて戦国の中心だった岐阜は奪い奪われ多くの戦いがありその舞台になった有名なお城

もたくさんあります。

 2020年10月24日、郡上八幡城岐阜城を散策したあと、墨俣城(すのまたじょう)にまわり

ます。墨俣城は木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)が出世のきっかけになったお城です。



戦国時代、岐阜県大垣市長良川西岸の墨俣は戦略拠点で度々戦いの舞台となります。織田信長

にとっても美濃に侵攻する過程で大変重要な戦略拠点で斎藤氏から奪った墨俣の砦を修復、また

防御面を強固に整備しようと信長の命で佐久間信盛や柴田勝家が木材などの資材を搬入しようと

するも斎藤氏の居城、稲葉山城(のちの岐阜城)のある金華山から墨俣が見通せるため、隠れる

こともできず攻められ失敗するのです。



 大軍を動かすのも見られており、城を築いていったん入れる前線基地をつくらないと、斎藤

氏側を攻めることが困難な状態でした。



 そこで木下藤吉郎は7日で築きあげると申し出て、1562年6月雨で戦闘が中断している中、

一夜のうちに長良川上流からある程度パーツに組み立てられたものを流し、斎藤氏側が攻め

る間もない短期間でプレハブの建物や塀が建てられるように城を作ってしまうのです。



 これを墨俣一夜城というのです。江戸時代に秀吉の出世話と脚色されているかもしれません。

現在、墨俣城跡の北西側は一夜城跡として公園になっています。公園内には大垣城の天守を模

した墨俣一夜城歴史資料館が建てられています。



 公園内にある白髭神社(しらひげじんじゃ)の境内には模擬天守が築かれた際に分祀された

豊国神社があり豊臣秀吉が祀られています。



 秀吉のシンボルひょうたんが供えられていました。



 施工 山本


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