スタッフブログ

施工山本の城巡り~津山城~

施工山本の城巡り~津山城~

記事掲載日:

今回の城巡りは岡山県のお城をまわります。

城巡り~津山城~

2/11夜明けとともに広島市内を出発。高速山陽道、岡山道を利用して中国縦貫道 院庄IC、

津山城ICとの間、岡山県津山盆地中央に津山城はあり。AM10:00には着いていました。

津山城姫路城伊予松山城と並び『日本三大平山城』の一つとして、

外郭を含め天守、櫓、城門など広島城、姫路城を超える

80余りの建物が建ち並んだ巨大な城だったと伝えられています。

明治になってからの廃城令により、すべての建物は壊されました。

昭和になって1936年博覧会で模擬天守が建てられましたが

1945年太平洋戦争の空襲の目標とされる危惧により解体されています。

2002年の築城400年記念行事の一環として備中櫓や塀が再建されました。

                       (備中櫓)


城郭全体に桜が植えられ、桜の名所として日本さくら名所100選に選ばれ、桜の咲く時期には

津山さくらまつりが城跡(鶴山公園)中心に開催します。

桜の花芽はまだまだでしたがさくらまつりにむけてなのか、

祭日ですが折れそうな幹の除去や、枝の切り戻しなど剪定作業がされていました。

津山城は室町時代 山名氏がこの地に鶴山城を築きますが応仁の乱後、山名氏が衰退廃城。

江戸時代になり、1603年本能寺の変で討死した森蘭丸の弟の森忠政が関ヶ原の戦いの戦功により

8万6千石で入封し津山藩の立藩とともに、現在見られる津山城の築城に着手。

地名も『鶴山』(かくざん)から『津山』に改めました。

お城は12年かかり完成します。

                        (天守石垣)

これも、江戸城、駿河城、名古屋城と天下普請に参加していったため長期化した話もあるようですが

最新の築城技術や縄張りを見てきたからこそ、最新の築城技術で縄張りも練られたのだと思います。

実際、天守や本丸御殿へ向かう建物の配置や間取りも他の城とはかわっていて

備中櫓の展示のなかで本丸御殿など、再現CG映像での縄張りや建物の間取説明をしていましたが、

見入ってしまいました。非常に興味深い内容です。(ネットでも紹介されているようです。)


1697年後継ぎがなく4代で森家断絶。

その後、徳川家康の次男の曾孫にあたる松平宣富が10万石で入封。

以後松平9代で明治維新をむかえ、城の建物が解体されたのです。

天守跡の内階段の石垣には、松江城の石垣にもありましたが、ハート型の石があります。

松江城より大きなハートの石です。

近年石垣修繕で入れられたのか色が劣化等で焼けてない白く見える割石が

ハートの石を強調させているのが面白いです。

天守からの津山盆地の眺めは最高です。

津山城や姫路城、広島城もそうですが、城跡には桜がたくさん植えられ、

桜の名所となっているお城も多いです。

満開の桜越しのお城の姿もいいと思います。

4月5月には桜舞うお城の紹介ができたらと計画しています。

それでは、まだまだ時間があるので午後からは岡山城をまわります。



施工 山本


次のブログ 城巡りシリーズ 前回ブログ