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施工山本の城巡り~福山城~

施工山本の城巡り~福山城~

記事掲載日:

今回の城巡りは福山城を散策します。

広島に住んでいながら、福山城のことは全然知らなかったし、
昔、福山で講習会に参加した時に町中の山の上に
お城があるのを遠くから見かけたように記憶はありますが
興味がなく忘れていました。

昨年、京都伏見城にいく折に伏見城のことを調べると、
福山城築城に当たって、将軍徳川秀忠が、
いくつかの建物(伏見櫓、御湯殿、月見櫓、筋鉄御門)を福山城に移築させています。

京都から福山へ、もちろん曳家(建ったまま建物移動)でなく解体してからの移築だと思いますが、
それでも300キロ近く運んだのかと思うとすごいなと、
どんな規模の建物を運んだのかと興味が出てきたお城です。

城は福山駅のすぐ北側にあります。(ホームからも城が見えます。)

というより当時の縄張り図面を見ると内堀外堀あたりにJRが通り福山駅もあるということになるので、
後から城の中を鉄道が通って駅もできたということになるのでしょうか。

福山城は関ヶ原の戦い以後、備後、安芸の二か国を治めていた福島正則が
城の修理許可の不備をとがめられ信濃に転封されると、
家康の従兄弟の水野勝成が毛利氏などの外様大名を抑えるため
備後国南部、備中国南西部周辺に10万石を与えられ、
『一国一城令』発布以後(城の新築が難しくなった時代)にも関わらず、
大規模な近世城郭の最後の築城がなされています。

それ以後、水野家5代、松平家1代、阿部家10代とつづき、
幕末まで福山城が藩を治める中心となりました。

明治時代に廃城になり多くの建物が壊され、残っていた国宝にされていた天守と御湯殿も
昭和20年の福山空襲により焼失しました。

                     (伏見櫓と手前御湯殿)

1966年の市制50周年事業として、天守と月見櫓、御湯殿が復元されました。

伏見櫓は筋鉄御門とともに戦災を免れ、国の重要文化財に指定されています。

伏見櫓修理のときには二階梁に京都伏見城からの移築を表す番付が発見されており、
白壁の三重の豪華な姿は伏見桃山時代の気風もうかがわれ、興味深い建物です。

                   (重要文化財の伏見櫓と筋鉄御門)

天守は広島城同様に鉄筋コンクリート造で外観復元された復興天守で内部は
福山城博物館として福山を中心とした歴史文化の展示がおこなわれているそうですが
昨年上階より発見されたアスベスト除去工事のため令和2年1/14~3/5まで休館になっており入れませんでした。

昨年からお城巡りをしていますが、東京オリンピック前の対応なのかわかりませんが、
かなりの確率で訪れる城が工事中である気がします。  

広島城についても、中国新聞でも載っていましたが、
1/27に広島市は広島城天守の耐震診断の中間報告として、
震度6~7程度の大規模地震で『倒壊、または崩壊する可能性が高い』と公表し、
今年、専門家の意見を聞いて耐震改修などの具体的な対策を検討するそうです。

                         (広島城)

城好きとしては、中央公園のサッカースタジアム建設に伴う中央公園まわりの計画も
広島城も取り込んで広島城に人が集まりやすく盛りあがる開発を考えてもらいたいと期待しています。


施工 山本


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