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清州城、名古屋城を目指して愛知県へ

清州城、名古屋城を目指して愛知県へ

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今回は愛知まわりのお城を巡ります。

清州城(清須城)

前日21:00に広島を出発。
朝焼けの愛知県清州城を見るため高速道路にのりましたが、
新名神高速にはいってからの工事規制通行止めで下道を走ったため
太陽もしっかりあがった9月14日6:00に到着しました。
朝焼けバックの天守見られず……

清州城は尾張守護所である下津城の別郭として
1405年(室町時代)鎌倉街道と伊勢街道が合流する交通の要、
北にも南にも向かうのに誰もが手に入れたい清州に築城されました。

信長が1560年桶狭間の戦いに出陣した城です。

また2013年公開された映画『清須会議』の舞台でもあり有名です。
※清須会議→本能寺の変で死んだ信長の後の織田家後継者及び織田家領地の再配分を決定することを目的に清州城で開催。
 柴田勝家、丹羽長秀、羽柴秀吉、池田恒興が参加。

城主は織田家から豊臣秀次、福島正則と移り、
関ケ原以後は松平忠吉(家康四男)、徳川義直(家康九男)と移りました。

1610年、徳川家康は清州城廃城と名古屋城築城を命じ、
町建物、機能すべてが移転されました。
これにより尾張の政治・経済の中心は名古屋に移り、
名古屋城築城の際に清州城解体資材が使用されたといわれています。

歴史的にいろんな有名人が登場していたお城なので、
清州城行く前には映画『清須城』を見てからをお勧めします。
楽しさが倍増すると思います。

現在の清州城は1989年に鉄筋コンクリートで再建された模擬天守です。
ホームページで長寿命化に伴う工事が年末にかけてあるとありましたが
その準備なのか城の周りにバリケードが設置されていました。

ここから、名古屋城の開園時間に間に合うよう名古屋城に向かいます。


名古屋城

7:00 清州城から10kmほどで名古屋城正門前の駐車場入り口に車をつけて仮眠。
開園は9:00からです。

名古屋城は20年前に名古屋デザイン博が開催され会場となっていたのを
山根木材の仲間と日帰りできたことがあるため今回で2回目でした。
当時はそこまでお城に興味なく、デザイン博メインだったので
ほとんどお城を見学できませんでした。

ただ名古屋城は、小学校の時にプラモデルが買えなかった覚えがあり
天守閣の形(大天守と子天守が渡り廊下的につながっている)はしっかり覚えています。
この頃からお城や神社仏閣に興味があったのかもしれません。

名古屋城は今川氏築城の那古野城跡周辺に
徳川家康が天下普請によって築城されました。

以降、明治まで徳川御三家の一つでもある尾張徳川家17代の居城となりました。

名古屋空襲で本丸御殿、大天守、小天守など焼夷弾の直撃を受けて焼失しています。

現在の天守、子天守の建物は
1959年鉄筋コンクリート造で外観復元されましたが、
再建から半世紀が経過し設備の老朽化や耐震性の確保などの問題に対応するため
昨年から閉館となっているそうです。

天守内観はホームページのストリートビューで見られますので
ご覧になられてはと思います。

地元の人に聞くと名古屋城を木造で建て替える話も出ているようですが、
国や県の話がなかなか進まないので いつのことになるかわからないそうです。

名古屋城は金の鯱が有名です。
実物大の模型を見ると鯱の大きさにはびっくりします。

また、名古屋城の屋根は緑色の瓦でなく瓦の形の木材に銅板が葺いてあり10円玉が緑色になるように、
銅板が化学変化で緑青化しています。

金沢城が鉛板で屋根葺きしてありいぶし銀色しているのと対照的で面白いです。
緑の屋根に金の鯱がのってこそ名古屋城天守です。

天守、子天守は入れませんが、本丸御殿が再建されており
総檜造の建物は豪華なつくりで見どころいっぱいです。


天守内観見学ができなかったので10:30には駐車場に戻ってきました。

続いて今回の愛知まわりのお城巡りのメイン、
現存12天守の一つ犬山城に向かいます。

施工 山本


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